2013年11月11日

11月11日、この町に雪の降った日。


 久しぶりに日記をば。

 今日、私の住む北海道の片田舎に雪が降り積もりました。とうとう私にも、19年目の冬が来ました。今は、目算で3cmから5cmくらい・・・・もさもさです。朝になれば、もっと積もってるだろうな。ついに、来てしまったんだな、この季節が。

 五月ごろ、私は通っていた塾を辞めました。高校時代から勉強の習慣がなくて、それを急につけられる訳はないと、わかってはいたんですけど、何かに打ち込むことで忘れたいものとか、言い張っていたい事とか・・・・正直な話、自分がどのように生きていくとか、何をして過ごすとかを、見たくなかったという理由だけでは、ストイックな生活を続けることが出来なかった。

 それでずっと続けていた週二日のバイトだけが、しばらく私の生き甲斐でした。高給のおかげで携帯代にも困らなかったし、浮いたお金でなるだけ出かけるようにもしました。これは、半分は嘘です。なにせ引きこもりがちなので、人に会うだとか、誘われたりだとか、色々な理由をつけて部屋から出てました。そうじゃない日は部屋に籠もって、酷い時には一日中、布団の中で考え事をしている日もありました。

 勉強を手伝ってくれた友達にもすっかり軽蔑されてしまったし、自分のせいでガラリと変わってしまった人間関係や、その他の環境がしばらく苦痛でした。前の自分に戻れたらどれだけ幸せだろうか、あの日あの時に帰ることができたら、どれだけ楽になれるか。よく言う後悔とか、未練とか、そういう奴ばかりじゃないんですが、結局のところ私の鬱屈は、それら全てが自分自身の、何とも言えない「問題」みたいなものに起因してるんだという考えで、むしろ後々になって思いつく具体的な想像や感情は、私にとっては大きな壁じゃありませんでした。

 それでも、この雪の冷たさと、灯油ストーブの匂いが、苦しくて苦しくて仕方がない。彼らは私に、「またここまで来てしまったんだ」と囁くような気がする。あれから何もかもが変わってしまって、何も変わっていないという事実を、彼らは冷酷に教えてくれるので。

 作曲は続けているけど、日に日に苦しくなっているし、詞を書いても歌を歌っても、これじゃないって気がしてしまう。気分の転換に部屋の整理と少しの料理をするのが心の平穏で、誰かと接していると、また自分の過ちばかりを痛感して、それでも誰かと接していないと、化けの皮がボロボロと剥がれるような感触に苦しむ。

 十一月に入って、今までのようにバイトのシフトを定期的には入れて貰えなくなり、とりあえず自動車学校に通うことにして、毎日を生活していますが、免許をとったらどうするのか、どうやって生きていくのか、自分は何がしたいのか、あの時から、何も変わっていません。こんなに寒い季節になってしまったのに。

 この思い出がたくさん詰まった六畳半も、今年の冬を越えたら壊さなければいけません。大好きだった、この部屋の屋根に、降り積もる雪をどかす人が、もう居ないから。私も、壊さなければいけないのかな。もうどんなに足掻いたって、私の殻に降り積もるものを、どかすことができないのなら。潰されてしまう前に、この手で。そうすれば前に、進めるだろうか。

 愛する人よ、歩を止めてしまうことのないように。また、もしも見えなくなってしまった時に、そっと背中を押してくれる者の居るように。願わくばそれが、私の笑顔や、歌声でありますように。


posted by 未来屋マサル at 02:52| Comment(0) | ○日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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