2011年10月16日

【高校情報A】


 ※この物語はフィクション以下略。
 ※素敵な楽曲と共にどうぞ→【高校情報A】/作曲:空白















 『こんな気持ち』がぐるぐる渦巻いて、もうどれだけ経つのだろう。右上に『反省文』と書かれた作文用紙を、私はまだ眺めている。校舎の屋上へと向かう、階段の果てで。

 「高校生がタバコを吸うことが、そんなに悪いことでしょうか」

 脳裏に浮かんだその言葉を、もみくちゃにした。今は、それが悪だから。でも。私はきっと呟くのだろう。たとえばトイレ。たとえばお風呂。誰かが聞いていなければいいのだ。その時、私は正義になれる。

 だって、本心では悪いなんてこれっぽっちも思ってないからだ。悪いと思ってないことに、人は反省できない。私は、正義になれる場所を探していた。たとえばトイレ。たとえばお風呂。たとえば──

 「あ、駄目なんだ。屋上へ来たら」

 そこに居たのは笑顔だった。




 【高校情報A】




 グラウンドからは、練習熱心な運動部の声が届いていた。その喧騒が、この空間の静けさをより一層強めていたのは確かだった。そして、その静けさが、彼の笑顔を─まるで絵画のように─空間に静止させていたし、その笑顔が、私に『こんな気持ち』を味わわせた。

 私の住む世界が少女マンガなら、左肩から『キュン』という効果音が飛び出していたのだろう。顔が真っ赤になって、目をパチクリさせて肩をすくめるのだろう。でも私は、悲しいくらい現実世界な人間だった。

 「そういう君はどうなの?」私はやっとの思いで言葉をひねり出した。
 「もちろん僕も来たら駄目」と彼はにこやかに言った。
 「開き直ってるじゃないの」
 「違うよ。駄目だから、良いの」

 意味がわからない。

 「『クレタ人はみなうそつきである。』って、知らない?」

 知らない。

 「まぁ、それとはちょっと違うんだけど」

 違うのかよ。

 「バイキンマンが悪じゃなかったらつまんないでしょ」
 「バイキンマン?」
 「悪には悪の正義があるんだよ」

 詭弁だなぁ。

 「だからアンパンマンにここに来たら駄目」
 「なっ」

 誰がアンパンマンだ。

 「・・・・注意しに来たなら別だけどさ」

 彼はタバコの灰を落としながら空を見上げる。なんて絵になる情景だろう。『こんな気持ち』がまた浮かびあがって、私の顔の近くで割れた。私は、鼻孔をくすぐられて目を細めた。

 私はまだ、『こんな気持ち』を表す言葉を知らない。いや、知っていても口に出来ないだろう。私の中では『こんな気持ち』は、『こんな気持ち』以外の何ものでもないのだ。

 そして、『こんな気持ち』について考察するうちに、また『こんな気持ち』になってしまうのだ。

 私はつま先でそっと『K』と書いた。恋する人のイニシャルを、消しゴムの裏に彫るみたいに。
 
 今の私の心情がそっくりそのまま絵にできたなら、ピカソを超える超名作が生まれるだろう。そして個展を開きながら、静かなところで絵を描き続けて死のう。

 「でさ」
 「へっ?」

 あらぬところへ思考が飛躍していた私の不意をついたセリフは、受け止めきれずに宙へ浮かんだ。

 「それ、持ってんの何?」

 私は、右手に持ち続けていた作文用紙の存在を思い出した。そして、私は【自分がアンパンマンであること】も思い出した。

 「君に渡しに来たの」と言いながら、私はそれを差し出した。

 彼は受け取らずにしばらく眺めていた。全貌を模索するように。『招かれざる客』の犯人の生い立ちだけを知らされた評論家のように。

 彼はどうやらマクベスの正体がわかったらしく、黙ってそれを受け取った。

 「ねぇ」

 綺麗な目をしている。

 「どうしてバレたんだろう」
 「私が教えたわけじゃない」
 「じゃあカビルンルンかな。それともドキンちゃんかな?」
 「誰でも良いの。君がそれを書かなきゃいけないのは──」

 『当たり前のこと』・・・・なのだろうか? 躓いた言葉はなかなか立ち上がらなかった。

 一貫性があるはずだ。私はアンパンマン。『悪にとっての正義』のために悪いことをしたバイキンマンを星にするのが役目。

 「でも、思うの」

 それなのに呟いた。




──「高校生がタバコを吸うことが、そんなに悪いことでしょうか」




 彼は驚いた顔をした。でも、私は驚かなかった。私はアンパンマンなのかも知れない。バイキンマンを星にしなければいけないのかもしれない。でも、そんなことはここでは通用しない。

 この空間では、何を言っても正義なのだから。

 彼はこの反省文を書いて、そして学校を去るだろう。三度目の謹慎処分のおかげで、退学届に名前を書くだろう。私はそれが、そのことを思うたびに、『こんな気持ち』になるのだ。なってはいけないのに、本気になってしまいそうになる。

 「そんなこと言ってもいいのかよ」

 私は返す言葉を知らない。なぜなら私は──






 「【先生】の癖して」





 教師だからだ。




 風が吹いた。グラウンドからはあいかわらず気合が飛んでいる。私の髪は、少し弄ばれて崩れてしまった。

 私は高校情報の教師だ。そして、蛇にそそのかされた──バイキンマンに恋してしまった、許されぬアンパンマンだ。彼は知らない。私が彼に抱いている特別な感情を。

 もし私が彼と同じ、未来に希望を持つ高校生だったら、どんなに楽しいだろうか。私はきっと好き続けるだろう。彼の一挙一動に心拍数を上下させながら、彩りにあふれた日々をすごすことだろう。いつか訪れる彼と心を通じ合わせる日まで、真っ赤なリボンで小指と小指をつなげ続けるだろう。

 私には、それが許されない。だから、あくまで教師としての立場をとろうと思っていた。青空を飛び回りながら下界を眺める鳶のように。

 「ねぇ先生。どうして屋上へ来たの? これを渡すためだけ?」

 本当は、渡したくなんてなかった。渡したいわけがない。でも、渡さなくてはいけない。

 「・・・・今日は」

 それが辛い。

 「本音を言える場所を探しに来たの」
 「え?」
 「私の正義は我侭だから、正義か悪かもわからないから、そんな我侭が許される場所へ来たかったの」
 「・・・・」

 心なしか、声が震える。

 「あのね」
 「おい! 大丈夫か山田!」 

 グラウンドから大きな声が聞こえる。屋上から下のほうを見る。陸上部。数人が一人に集まっているこの様子だと、大きな怪我をしたようだ。

 「わ、先生まずいんじゃないの。副顧問でしょ」
 「・・・・!」

 すぐに駆けつけないといけない。私は、屋上のドアに手をかけた。

 「先生」

 なんて明るい声だろう。

 「僕が居なくなったら、この場所。先生に預けるわ」
 「・・・・そもそも君のものじゃないでしょ」
 「僕の場所だったよ、今までは」

 確かにそうだけど。

 「それから・・・・」



 風が吹く。



 「・・・・え?」
 「い、いや、いいや。じゃね」

 今、確かに・・・・。とにかく、陸上部へ駆けつけないと。私は、屋上という空間から二段飛ばしで抜け出した。

 でも、確かに・・・・、



 ─────



 午後六時半。結局、陸上部員の怪我はたいしたことが無かったらしく、私は遅れてきた顧問に後を任せて情報教科室へ資料を取りに戻った。

 ふと目にはいるのは、今まで生徒に教えてきたモノ。

 「・・・・こんなものが、なければなぁ」

 私は、私をアンパンマンと決めつける、青色のソレを力いっぱい破ろうとしてみる。けど、それは叶わなかった。

 「まさか・・・そうだとは知らなかったよ」

 『こんな気持ち』の最大級が襲ってきて、私は立っていられなかった。




────『・・・・きだったよ』

 風の吹いた屋上で聞こえた言葉が、脳裏をかすめる。




 教科書が、破れない。





 【高校情報A:完】






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posted by 未来屋マサル at 20:36| Comment(2) | ☆読み物とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
久々に来たらまたいいね
Posted by at 2011年11月14日 00:15
 自分で言うのも何ですけど久々に読むといいっすね。空白さんが歌つけてくれて嬉しかったなぁ。

 実はこの小説は、とある女性がモデルになっているんですなー(Niyaniya

 そのうちボイスドラマとか出来たらいいなぁなんて・・・www
Posted by 未来屋マサル at 2011年11月19日 22:45
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